猫伴生活
人間の身勝手により捨てられた犬猫の新しい家族を探しています。
初七日、くるみちゃんが10余年暮らしてきた福島のペットホテルの
スタッフの方々から、とっても素敵なお花が届きました
ありがとうございます!
お星様の風船までついてます♪
くるちゃん、みんなに愛されてたんだね
自由の身となったくるちゃん、今頃
懐かしい故郷を
優しくしてくださった皆様のところを
飛び回っていることと思います
「忙し忙し。あっちも行かなくちゃ」
くるちゃんが逝ってしばらくは放心状態でしたが、
体の痛みや苦しみから解放され、
ママや兄ちゃんと再会し、
うちに来た頃のようにテケテケ走り回っているだろう
天国のくるみちゃんを想うと、
悲しみよりも安堵感のほうが強いです。
「今日はくるちゃん来た?みるちゃんのこと心配してるでしょ?」
と、毎日みるくちゃんとくるちゃんの話をしています。
「くるちゃんはいつもそばにいるニャッ」
みるちゃんも、くるちゃんの名前がでるとゴロゴロ嬉しそうです。
みるくちゃんのおかげで、いつもくるちゃんを感じることが
できるから寂しさに襲われずにすんでいます。
最期の最期に濃密な時間を過ごすことができたのも救いになりました。
実は、年末からひいていた風邪が仕事始めの日になっても治らず、
でもこの日は絶対に仕事を休めないので、
なんとか起きてうがいをしようとしたら、腰がピキっ。
人生初めてのぎっくり腰になりました
絶対休めなくても、休まざるおえず・・・
結果、くるみちゃんとずっと一緒にすごすことができました
会社のみんなには大変な迷惑をかけたものの、
風邪ひいて良かったと感謝したのは初めてです。
たくさんの方から、お悔やみのお言葉をいただきました。
みるくちゃんも私たちも元気にしています。
みるくちゃんは、うちの子たちに仲間入りするためのトレーニングを開始しました。
その様子はまたブログでお伝えしていきたいと思います!
見つめあう、みるくとみるく
1月7日明け方、くるみちゃんが天に召されました。
掛布団の中で、私に寄り添ったまま静かに亡くなりました。
穏やかな死に顔だったと思います。
7月18日から自宅補液、10月9日からは強制給餌を開始
それでも体重は減り続け、元気もなくなってきて・・・
くるみちゃんに良くなってほしいと思ってやっていることが、
実は苦痛を引き伸ばしているだけなのではないかとの不安
でもまだ諦められない、
一緒にいたい、
そんな葛藤がずっと続いていました。
そんな中、12月11日
もう厳しいかもしれないと覚悟を決めたほど状態が悪化。
a/dを飲み込めなくなり、
抱き上げても体にまるで力を感じられず、
久しくあげることのなかった泣き声で何かを訴え、
呼吸をするのさえしんどいのが分かりました。
険しい目つきで必死に耐えているくるちゃんに、
できることは話しかけることだけ
でも、くるちゃんはそんな状態で
ゴロゴロを返してくれました。
涙が止まりません。
涙声で話しかけると、
ゴロゴロはさらに大きくなりました。
厳しかった表情も少し和らぎました。
明け方まで、ふらつく体で移動しては変な姿勢で
倒れこむのを繰り返したものの
6時にはいつもどおりの強制給餌ができました。
くるちゃんは峠を越えてくれたのです。
その後は、不思議なほど表情も穏やかになり、
少しですが自分からごはんも食べられるようになり、
布団でまた一緒に寝てくれるようになりました。
穏やかで優しい日々でした。
実際には体重も体力も限界を超えていたのですから、
もう一日一日が奇跡だったと思います。
体重が12月20日に2.0kgを切って以来、辛くて中断していた計測
亡くなった日に計ってみると1.46kgでした。
2kgを切ると厳しい、といわれていた医療の常識を超えて
頑張ってくれた、くるちゃん
この1ヶ月は、くるちゃんが私たちにくれた
プレゼントだったのかもしれません。
12月の危篤状態で、もしも亡くなっていたら、
辛い記憶ばかりが私たちに残っていたはずでした。
それがこの1ヶ月のおかげで、
私たちはくるちゃんの幸せそうな表情を
いつでも思い出すことができるのです。
補液も強制給餌も最後の最後まで頑張ってくれたのは、
私たちのくるちゃんへの思いがちゃんと伝わっていたから
だと今は信じられるのです。
1月6日
朝1回目のごはんは何とか食べてくれました。
トイレでのおしっこも、お水を飲むのも、何とかできました。
でも、午後になると立ち上がることができなくなり、
息遣いもとても静かなものになりました。
目には涙がたまっていました。
その時は近づいていました。
体温の低くなったくるちゃんの体を抱え込むようにして、
布団の中でずっと一緒に過ごしました。
時折動きたそうなそぶりをするたび寝返りを打たせると
ほっとしたような表情をみせてくれました。
夜中1時前にも左側が下になるように体勢を変えました。
みるくちゃんの泣き声でハッと起こされ、
隣のくるちゃんを触ると、冷たくなっていました。
まるきり私に気づかせることなく、眠るように天国へ旅立ちました。
1月7日4時のことでした。
くるちゃん、
ほんとによく頑張ったね。
くるちゃん、
くるちゃん。
ずっとずっと大好き、ずっとずっと一緒だよ
これから何度この言葉を唱えることになるでしょう
翌日、荼毘に付してから福島のO様にご報告しました。
O様が10余年にわたって守り続けてきたくるみちゃんと
再会を果たせずにこの日を迎えることになった申し訳なさを抱えながら
お電話しましたが、声を聞いた途端、くるみちゃんを愛する者同士
言葉もなく共に泣き崩れました。
そして、くるちゃんの話をいっぱいしました。
O様はこれまでずっと、くるちゃんにメッセージを送り続けてくれていて、
「くるちゃん、逝く時は●さん(私たちのこと)がおうちににいるときにしてあげてね
そうじゃないと、●さんが悲しむよ」と言っていてくれていたそうです。
O様のおかげだったのですね
くるちゃんも、O様の言いつけを守ってくれてありがとう
くるちゃんのことでは、TNR病院の先生方にも本当にお世話になりました。
親身になって治療に当たってくださり、どんな質問も不安も受け止めて
いただけたことがどんなに心強く救われたか分かりません。
そして、2匹を我が家に託してくださり、全面的に支えてくださった
TNR病院代表の結さんにも言葉にできないほど感謝しております。
本当にありがとうございました。
また、ブログをご覧の皆様も、これまでずっと一緒になって
くるちゃんを心配してくださり、温かいお言葉やご支援を
頂戴してきましたことこの場を借りてお礼申し上げます。
くるちゃん、よくがんばったねと褒めてあげてください。
そのお気持ちだけで十分ありがたいですので、
供花等のお気遣いはご辞退させてください。
たくさんの方々から愛されてきた、くるみちゃん。
今は、天国で、うーちゃんママ、レモン兄ちゃんと再会し、
最愛の妹のみるくちゃんを
見守ってくれていることと思います。
くるちゃん、ありがと。大好き、くるちゃん。
晴れて自由の身になったら
今度はこちらが、くるみちゃんにかかりきりで
「里親しゃん探しは・・・?」
「あたち、ほってかれてるの?」
「ひどいにゃ~」
ごめん、ごめん!
このちゃんは、子猫的な可愛さで売らなくても
性格が二重丸に良い子だし
「ふむふむ・・・」
姉ちゃんも
ゴエ兄ちゃんも
レオン兄ちゃんも
みんな可愛がっていたから
ついつい後回しにしちゃったね
遅まきながら、ようやく里親募集を始め、
数件の方からご希望の連絡をいただき
「ほんとっ(嬉)?」
お見合いの日取りまで決まったら、
今度はひどい猫風邪で、またも隔離生活
なんとも、運がないというか
タイミングが悪い子だと思ったけれど、
ありがたいことに、里親さんはこのみの
体調回復を待っていてくださいました
先住猫ちゃんを23歳の大往生で看取られたご夫婦。
猫への深い愛情と手厚い世話のお話には感銘を受けました。
運がないどころか素敵なご縁を引き寄せた、このみちゃん
まもなく、トライアルに入ります♪